2015年07月19日

【中大CARPの活動報告】その2

こんにちは!!
最近はずっと雨がすごかったですね。
たまの晴れ間は夏日で、八王子でも38℃あったこともあったそうですよ!!!!

今回は、CARPの活動報告その2と題して、日頃の活動報告をさせていただきます。
今回紹介するのは、清掃活動です。

前々からゴミ拾いを多摩センターや近くの川で行ってきましたが、なかなかゴミは減らず、毎回ゴミ袋に入りきらないほどのゴミが集まります。
ただ、ゴミを拾ってもゴミを捨てる人がいなくならなければゴミは減らない。

そこで、我々は、
 「私たちは、人々や環境の為に生きる文化を発信し多摩市のポイ捨てをゼロにします!」
とスローガンを掲げ、より多摩市や八王子からゴミがゼロになり、また人々がゴミを捨てず町がずっときれいになる方法を考えていまいた。
そこである先輩の発案から「多摩レンジャー」が誕生しました。
多摩レンジャーの成り立ちとかはこの記事を見てみてください。
多摩レンジャー<http://tama-carp.seesaa.net/article/410021551.html
 
最近の多摩レンジャーの活動報告をしたいと思います。
最近は多摩市というより八王子市での活動を月1回程度行っています。
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前回の活動でこんなことがありました。
レンジャーの服を着てゴミ拾いしていると、公園で遊んでいた子供たちがゴミ拾いしていることに気付いて公園に落ちていたゴミを持ってきてくれたのです!!
しかも一人二人でなく公園内の多くの子供たちが!!!
まさにゴミを拾う、ゴミを捨てない文化が発信されて伝わった瞬間だなぁと思いました。
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ゴミ拾い活動を行って、なかなかゴミは減りませんし、レンジャー服は町中でも目立つので恥ずかしく思いながら活動するときもありました。
しかし、地道に活動を続ける中で少しでも八王子の人々にポイ捨てをしない文化を発信していけることを実感し、これからも八王子のポイ捨てと闘う決意をしたレンジャー達でした。
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多摩レンジャーは永久に不滅です!!!!!
posted by コネクト at 15:16| Comment(4) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月08日

被災地ボランティア.3

こんにちは!!
昨日は、七夕でしたが、八王子は雨でしたね

2回にわたって報告してきた被災地ボランティアも今回で最後の報告になります。
今回は活動2日目です。
【2日目】
活動2日目は、石巻市内の小学校の花壇造りを手伝いました。
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津波によって多くの土地が海水に覆われたため、土壌に塩分が残ってしまう塩害が発生しました。
ほとんどの作物は塩分の多い土地では生育することができず枯れてしまいます。
そのためこれまで育てていた米や野菜などを植えるためには塩分を取り除かなければなりません。
震災直後、初めてこの花壇の整備をしたときには、重機を使って土を全部入れ替えたそうです。
しかも、ただ山から土を削って持ってきても山の土は養分が乏しいため、西日本の方から土を買って持ってきたらしいです。
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今回はボランティアや地元の方々が手間をかけて復活した花壇に地元の小学生が花を植える授業があるそうなので、手入れの手伝いでした。スコップや耕耘機で掘り返したり。きれいな花が咲いて小学生たちが喜んでくれたらいいですね。

活動後は、石巻市の隣の町である女川町に行ってきました。
女川町は最近JR女川駅が完成したことでニュースになっていました。
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確かに本当に駅?というくらい良い木目の美しい駅がありました。なんと二階は温泉があるとのこと!!アクセスも震災前よりよくなってJRは復活したそうです。
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女川町は周辺の町々に比べると比較的復興が進んでいるという事で、東北の復興モデル都市とされています。また、震災を受けて震災に強いまちづくりを目指し、都市計画に沿って新しいまちづくりを進めています。
しかし、実際は駅とその周りの広場が整備されているだけで、まだまだ店などはこれから、駅の二階から見れば周りはまだ更地が多く、土地のかさ上げ工事があと何年かかかるそうです。
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女川町は、太平洋に面した宮城県の東端、牡鹿半島の基部、根元の分部に位置する町です。
そのため、地形的に津波が大きくなって到達しました。最大で14,8mの津波が到達したそうです。
駅の近くの10mくらいある高台から海や下の方を眺めてみましたが、この高台すら飲み込むような巨大な津波が襲い、全て飲み込んでしまったことを聞き、津波の恐ろしさを実感しました。一瞬で沖のまで流されてしまうそうで、話によると流されていく人を見ていることしかできなかったそうです。

駅の近くの女川町立病院に震災についてのモニュメントがいくつかありました。
その中で印象に残ったものとして「千年後の命を守るために」という石のモニュメントがありました。
女川中学校の詩が刻まれていて、この高さまで津波が来たから、もっと逃げてくださいということを伝えるためのものでした。
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震災後町内を調査したところ、津波が到達した場所の近くに多くの石碑があったそうです。
これは昔女川町が津波に襲われたことを示しています。
昔の人も津波の脅威を目の当たりにして、後世に教訓を伝えなければと刻んだのでしょう。

近所の史跡や神社の石碑など普段注目しないものかもしれませんが、昔の人々が未来に向けて孫やひ孫らの安寧を願って刻んだことを思うと、今あまりにも無関心であることが申し訳なく感じました。
この石碑も千年後も津波がここまで来たことを伝えられるように丈夫な石を使って津波が来た高さに設置されているそうです。
津波の脅威を風化させずに伝えていくことの重要性や祖先の人々が伝えようとしてくれたことへの感謝を感じた一日でした。
posted by コネクト at 09:05| Comment(2) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月02日

被災地ボランティア.2

こんにちは
まだまだ雨の日が続きますが、もう月になりました。夏もすぐそこですね!!

今回は被災地ボランティアの活動報告二回目です。
【活動一日目】
今回はボランティアの依頼者さんの家の近くの側溝の掃除のお手伝いをしました。
震災当時はボランティアセンターがあり、そこでボランティアに来た人へ作業を割り振っていたそうですが、震災から4年がたちボランティアセンターも役割を終えたため、現在は直接作業を依頼者さんがボランティアに頼んでいるそうです。
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人々の生活をより良くするため公的に市役所など行政の力がありますが、行政は公平性が求められるため一つの地域にかかりきりになることは避けなければなりません。
そこで住民の力である自治会などが注目されるのですが、震災により、公民館など人々が集まる場所もなくなり、また自治会や子供会などの組織もあまり人がいないことなど様々な原因があり、まだ機能していません。まして側溝の掃除、俗にいうドブ掃除は結構な力仕事であるため高齢者の多い地域や若者が少ない地域ではなかなか進みません。
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そこで注目されるのがボランティアの力です。
業者を雇えばお金がかかりますが、ボランティアならコストがかかりませんし、人数も多かったり力仕事ができるため作業がはかどります。
被災地にとってボランティアは人材的にも経済的にも良く、住民の方や行政のお手伝いとして注目されているのです。

そんなわけで、側溝の清掃を行いました。
側溝にはたくさんの
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じゃなくてヘドロが溜まっていて、いろいろな虫がいました。
人数も少ない町内会ではなかなか清掃することが難しく実は年ぶりの清掃だったそうです。
地域の方々と協力しながらスコップで土嚢袋にヘドロを詰めていきます。臭いとかもすごかったですが30分もすれば慣れました。

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清掃時や、休憩中に地域の方々から震災の話も伺うことができました。
津波で家がつかり、天井を破って屋根で生活した話や自衛隊の方が復興支援に来てくれた話など。
想像すれば辛い心境だとは思いますが、ボランティアを親切に受け入れてくれていることや家族を失った話をしてくださり、震災の体験を伝えてくださることに感謝だと思いました。また、震災の爪痕の大きさを感じました。
午後は近所の子供たちも参加してくれて、一緒に清掃を行いました。率先して、ボランティアをおこなう姿を見て、「為に生きる」精神が培われていることに少し感動しましたし、一緒にサッカーしたり交流することもできて楽しかったです。
次回は活動二日目について更新したいと思います。
posted by コネクト at 00:27| Comment(2) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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